「シャボン玉」の歌詞(全文)と本当の意味|シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ・悲しい歌と言われる理由、幻の3番・4番

夕暮れの海辺でシャボン玉をとばすシルエット。童謡「シャボン玉」歌詞の意味
シャボン玉おじさん

童謡「シャボン玉」(シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ)の歌詞を全文、漢字とひらがなで掲載します。印刷用の歌詞カードもあります。後半では、1行ずつの意味と「悲しい歌」と言われる理由を解説します。

「シャボン玉」の歌詞(全文)|シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ

「シャボン玉」歌詞(漢字)

1番シャボン玉飛んだ
屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで
こわれて消えた

2番シャボン玉消えた
飛ばずに消えた
生まれてすぐに
こわれて消えた

むすび風 風 吹くな
シャボン玉飛ばそ

ひらがな(子ども向け)

1ばんしゃぼんだま とんだ
やねまで とんだ
やねまで とんで
こわれて きえた

2ばんしゃぼんだま きえた
とばずに きえた
うまれて すぐに
こわれて きえた

むすびかぜ かぜ ふくな
しゃぼんだま とばそ

園のおたよりや掲示にそのまま使えます

この記事の要点

  • 歌詞は2番まで。最後に「風 風 吹くな シャボン玉飛ばそ」の一節がつきます。
  • 「消えた」が4回くり返され、はかなく消える命を思わせることから、悲しい歌と言われます。
  • 作詞の野口雨情は、長女を生後まもなく亡くしています。この歌はその子を悼んだものとよく語られますが、直接のきっかけははっきりしていません。
  • 3番・4番は、1936年のレコードに残る歌詞です。

童謡「シャボン玉」はどんな歌?|作詞・作曲・発表年

「シャボン玉」は、大正時代に生まれ、100年以上歌い継がれてきた童謡です。保育園や幼稚園で最初に覚える歌のひとつで、短い言葉のくり返しと、ゆったりしたメロディーが特徴です。

作詞野口雨情(1882〜1945)
作曲中山晋平(1887〜1952)
発表1922年(大正11年)、児童雑誌「金の塔」に詩を掲載。翌1923年に中山晋平の曲集に収められる
長さ1番・2番と、最後の「風 風 吹くな」の部分。ゆっくり歌って1分ほど
選定2007年、文化庁などによる「日本の歌百選」に選ばれる

※作詞の野口雨情、作曲の中山晋平とも、著作権の保護期間は終わっています。歌詞は園のおたよりや掲示にも使えます(録音された音源や新しい編曲には、別の権利がある場合があります)。

「シャボン玉」の歌詞の意味を1行ずつ

「シャボン玉」の歌詞は、たった10行です。言葉そのものの意味と、そこに重ねて読まれてきた思いを、表にまとめました。

歌詞言葉の意味重ねて読まれてきた思い
シャボン玉飛んだ
屋根まで飛んだ
とばしたシャボン玉が、屋根の高さまで上がったある程度まで育った子ども
屋根まで飛んで
こわれて消えた
屋根まで行って、割れて消えた育ったあとに失われた命
シャボン玉消えた
飛ばずに消えた
空へ上がる前に消えてしまった大きくなる前に亡くなった命
生まれてすぐに
こわれて消えた
できてすぐに割れた生まれてまもなく亡くなった子ども
風 風 吹くな
シャボン玉飛ばそ
風よ吹かないで、シャボン玉をとばそう子どもを病気や災いから守りたいという親の祈り

「屋根まで飛んだ」の意味

シャボン玉が屋根の高さまで上がるのは、かなりうまくとんだときです。「屋根まで飛んで こわれて消えた」は、しばらく元気に育ったあとで失われた命と重ねて読まれてきました。2番の「飛ばずに消えた」と並べると、高く上がったシャボン玉と、上がる前に消えたシャボン玉の、2つの命が浮かびます。

「生まれてすぐに」の意味

シャボン玉は生き物ではないのに、雨情は「できて」ではなく「生まれて」と書きました。この一語が、シャボン玉を命として読ませる鍵になっています。「生まれてすぐに こわれて消えた」は、生まれてまもなく亡くなった子どものことだと受けとめる人が多い一節です。

「風 風 吹くな」の意味

シャボン玉は、強い風が吹くとすぐに割れてしまいます。「風よ、吹かないで。シャボン玉をとばそう」という最後の一節は、子どもを病気や災いから守りたいという親の祈りと読まれてきました。悲しい言葉が続いたあとに、前を向く言葉で歌が終わります。

夕暮れの空へ舞い上がるシャボン玉
屋根の高さまで上がるシャボン玉。強い風が吹くと、すぐに割れてしまいます

「悲しい歌」「怖い歌」と言われる理由

子どものころは楽しく歌っていたのに、大人になって「悲しい」「実は怖い歌」と感じる人が多いのには、3つの理由があります。

🫧
「消えた」が4回

10行の短い歌詞の中で「消えた」が4回、「こわれて消えた」が2回くり返されます。遊びの楽しさより、消えていくはかなさが心に残ります。

👶
「生まれてすぐに」という言葉

シャボン玉に「生まれて」という言葉を使ったことで、聞く人は自然と、幼い命を思い浮かべます。

📖
作詞者の人生を知ったとき

雨情が我が子を亡くしていたことを知ると、子どものころ何気なく歌っていた歌が、まったく違って聞こえます。

本当に「怖い歌」なの?

怖がらせるための歌ではありません。消えていくシャボン玉に命のはかなさを重ねた、悲しくて、やさしい歌です。子どものころに知らずに歌っていた歌の背景を大人になって知ったときの驚きが、「怖い」という言葉で語られることが多いようです。

作詞した野口雨情と、長女の話

野口雨情は、茨城県に生まれた詩人です。「七つの子」「赤い靴」「青い眼の人形」など、今も歌われる童謡を数多く書き、北原白秋・西條八十と並んで「三大童謡詩人」と呼ばれます。

よく語られている説

  • 雨情は1908年(明治41年)、長女のみどりを生後8日(7日とする資料もあります)で亡くしました
  • 村の子どもたちがシャボン玉で遊ぶ姿に、亡くした娘を重ねてこの詩を書いた、と語られています
  • 2番の「生まれてすぐに こわれて消えた」は、その子のことだと読まれています

慎重な見方

  • 長女が亡くなってから、詩の発表(1922年)まで14年あります
  • 雨情自身が「長女のことを書いた」と残した記録は見つかっておらず、直接のきっかけは分かっていません
  • 当時は幼くして亡くなる子どもが多く、多くの親の思いと重なったとも考えられます

どちらの見方をとっても、はかなく消える命と、それを見守る親の思いが歌の中心にあることは変わりません。大正時代は、今と比べて乳幼児が亡くなることがずっと多い時代でした。子どもが3歳・5歳・7歳まで元気に育ったことを祝う「七五三」にも、その時代の重さが残っています。

年できごと
1882年野口雨情、茨城県に生まれる
1908年長女みどりが生後まもなく亡くなる
1922年児童雑誌「金の塔」に「シャボン玉」の詩を発表
1923年中山晋平の曲がつき、曲集に収められる
1924年四女の恒子を2歳で亡くす
1936年3番・4番を含む「シャボン玉」がレコードに収められる
1945年野口雨情、亡くなる
2007年「日本の歌百選」に選ばれる

幻の3番・4番|レコードに残る歌詞

いま保育園や幼稚園で歌われるのは1番・2番だけですが、「シャボン玉」には3番・4番があることが知られています。1936年(昭和11年)にビクターから出たレコード「ビクター童謡名作集」で、4番まで歌われています。

3番

  • シャボン玉が屋根よりも高く、次々に飛んでいく様子が歌われます
  • 1番・2番の「こわれて消えた」とは打って変わって、明るい情景です

4番

  • 空へ上がったシャボン玉が、もう帰ってこない様子が歌われます
  • 悲しみというより、静かに見送るような言葉です

3番・4番をだれが書いたのかは、はっきりしていません。雨情自身が書き足したとする説もありますが、確かな記録は確認されていません。1924年に四女を亡くしたあとの雨情の心を重ねて読む人もいます。

作曲・中山晋平のメロディー

あの旋律を作ったのは、「てるてる坊主」「証城寺の狸囃子」などでも知られる作曲家・中山晋平です。日本の民謡にも通じる、5つの音を中心にした音階でできていて、小さな子どもでもすぐに覚えて歌えます。古い讃美歌「主われを愛す」と旋律の運びが似ている、という指摘もあります。

「とんだ」「きえた」とくり返す短い言葉に、ゆったりした旋律が重なることで、楽しさと悲しさの両方が残る歌になりました。100年たった今も、園や家庭で歌い継がれています。

子どもと歌うときのアイデア

保育園や幼稚園で「シャボン玉」を歌うとき、子どもに歌の背景を説明する必要はありません。小さな子どもにとっては、シャボン玉が飛んで、割れて、また飛ばす、楽しい歌です。歌と遊びを結びつけると、もっと好きになります。

  1. 「こわれて消えた」で手をパチン割れる瞬間に手をたたくと、0〜2歳の子どもも一緒に楽しめます。
  2. 「屋根まで飛んだ」で背伸び両手を高く上げて、シャボン玉が上がっていく様子を体で表します。
  3. 風の向きを見てとばす「風 風 吹くな」を歌ったあと、外で風の向きを確かめながらシャボン玉をとばします。
  4. 本物のシャボン玉の中で歌う行事のときは、プロのシャボン玉ショーで、子どもたちの頭の上いっぱいにシャボン玉をとばす演出もできます。
シャボン玉ショーで手をのばす保育園の子どもたち
舞い降りるシャボン玉に、子どもたちが手をのばします
シャボン玉ショーで空へ舞い上がるたくさんのシャボン玉
屋根より高く、たくさんのシャボン玉が上がっていきます

園の行事で歌に合わせてシャボン玉をとばす演出は、保育園・幼稚園のシャボン玉ショーで行っています。シャボン玉液の成分はシャボン玉液の安全性と成分で公開しています。

「シャボン玉」は春の季語でもあります。季語になった理由や有名な俳句はシャボン玉は春の季語で紹介しています。

「シャボン玉」の歌詞についてよくある質問

「シャボン玉」の歌詞の本当の意味は?

消えていくシャボン玉に、はかない命を重ねた歌と読まれています。作詞の野口雨情は長女を生後まもなく亡くしており、2番の「生まれてすぐに こわれて消えた」はその子のことだとよく語られます。ただし、雨情が直接そう書き残した記録はなく、直接のきっかけははっきりしていません。最後の「風 風 吹くな」は、子どもを守りたいという親の祈りと読まれています。

「シャボン玉」はなぜ悲しい歌と言われるのですか?

短い歌詞の中で「こわれて消えた」がくり返されること、シャボン玉に「生まれて」という言葉を使っていること、作詞者が我が子を亡くしていたことの3つが理由です。子どものころは楽しい歌でも、大人になって背景を知ると悲しく聞こえます。

「シャボン玉」の作詞・作曲はだれですか?

作詞は野口雨情、作曲は中山晋平です。野口雨情は「七つの子」「赤い靴」などでも知られる童謡詩人です。

「シャボン玉」はいつできた歌ですか?

1922年(大正11年)に児童雑誌「金の塔」に詩が発表され、翌1923年に中山晋平の曲がついて広まりました。100年以上歌い継がれ、2007年には「日本の歌百選」に選ばれています。

「シャボン玉」に3番・4番はありますか?

あります。1936年(昭和11年)のレコード「ビクター童謡名作集」に、4番まで収められています。3番はシャボン玉が屋根より高く飛んでいく様子、4番は空へ上がって帰ってこない様子が歌われます。だれが書いたかは、はっきりしていません。

「屋根まで飛んだ」とはどういう意味ですか?

言葉どおりには、シャボン玉が屋根の高さまで上がったという意味です。「屋根まで飛んで こわれて消えた」は、しばらく元気に育ったあとで失われた命と重ねて読まれてきました。

「シャボン玉」の歌詞をおたよりや掲示に使ってもいいですか?

作詞の野口雨情、作曲の中山晋平とも著作権の保護期間は終わっているので、歌詞や楽譜は自由に使えます。ただし、CDなどに録音された音源や、新しく作られた編曲には、別の権利がある場合があります。

まとめ|「こわれて消えた」の先にある、親の祈り

童謡「シャボン玉」は、1番・2番と「風 風 吹くな」の一節だけの短い歌です。「こわれて消えた」とくり返す言葉に、はかなく消える命が重なり、最後は「シャボン玉飛ばそ」と前を向いて終わります。歌の背景を知ったうえで、子どもと一緒に、もう一度シャボン玉をとばしてみてください。

保育園のシャボン玉ショーで、舞い降りるシャボン玉に手をのばす子どもたち

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シャボン玉おじさん(野村佳史)は、保育園・幼稚園・こども園へシャボン玉ショーを出張しています。夜のイベントでは、光るシャボン玉を夜空へとばすナイトバブルショーも行っています。

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シャボン玉おじさん
シャボン玉おじさん
プロバブルアーティスト
元海上自衛官。 2022年にシャボンのギネス世界記録「Longest garland wand部門」世界記録を達成。 学研『学研の科学 アウトドア 大シャボン玉チャレンジ』公式監修者。 令和6年に徳島大学総合科学部・佐原教授の協力のもとスペースバルーンを使用して、世界で初めて宇宙空間(成層圏)でのシャボン玉の生成に成功。その様子は令和6年6月にTBSテレビ「どうなるでSHOW」という番組にて放映されました。 多くのテレビ番組や、メディアにも出演している日本屈指のシャボン玉パフォーマーです。
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